2008/03/10
HANAMI
昨日は、センピオーネ公園で花見がありました。雨が降っていたので、ちょっと迷いましたが、来年の今頃は日本にいるはずなので、こちらの桜を見ておきたいと思い参加してきました。
最初はわたしを入れて3人しかいなかったのですが、おにぎりを作って来ていただいた方などが加わって、10人ぐらいまで増えました。わたしはワインを持っていったので、桜を見ながら、ワインとおにぎりというちょっと変わったお花見になりました。
作って来ていただいたおにぎりがとてもおいしく(特にこんぶが大好きなもので)、8個ほど食べたような気がします。どうもありがとうございました。
こちらの学校を出て仕事を探している方は、本当に大変だと思いますが、何とか道が開けるようお祈りしています。
2008/03/07
FIRENZE 2 (vino 50)
二日目は、ウフィツィ美術館から見てまわりました。
1400年代を中心とする宗教画が中心なのですが、いままではあまり宗教画の良さとか違いがわからなかったんのですが、ゆっくりと多くの宗教画を見ているうちに、不思議とこれはいいと思えるものがでてきました。

ゆっくりと美術館を楽しんだあとに遅めのお昼にしました。この日もワイン中心でのセレクトで、Frescobaldiというcantinaが経営するwine barにしました。
昨日のSolaiaに続き、今日はぜひ飲んでみたかったスーパートスカーナを頼んでみました。
50 ORNELLAIA: Bolgheri Superiore Ornellaia 2004
2008/03/06
FIRENZE 1 (vino 48, 49)
term2の試験終了後4連休になり、急に思い立ってFirenzeに行ってきました。Milanoからは2時間40分ほどで行けるので、16時すぎの急行で十分でした。Firenzeといえば、料理とワインで有名なToscanaの中心であり、今回もこれが旅の目的の中心になりました。
Duomo近くの安宿(1泊40euro)に荷物を置いて、向かった先は、Toscanaの有名なcantinaであるAntinoriのワインバーCantinetta Antinoriです。ここでは、高級ワインをボトルではなく、グラスで楽しむことができます。とはいっても、グラス1杯が普通のChanti Classico1本ぐらい、または私がとまった安宿1泊分ぐらいの価格なのですが。。。
Duomo近くの安宿(1泊40euro)に荷物を置いて、向かった先は、Toscanaの有名なcantinaであるAntinoriのワインバーCantinetta Antinoriです。ここでは、高級ワインをボトルではなく、グラスで楽しむことができます。とはいっても、グラス1杯が普通のChanti Classico1本ぐらい、または私がとまった安宿1泊分ぐらいの価格なのですが。。。
この日頼んだのは、以下のワインです。
48. ANTINORI: Solaia 2004(写真です)
49. ANTINORI: Bolgheri Superiore, Gualdo Al Tasso 2005
2008/03/05
IMMIGRATION
昨日、questuraに行き東南アジア系・中南米系の家族づれでごったがえす待合室で立っている間、その後、移民局の入り口でアフリカ系の方々と押し合いながら受付までたどり着こうともがいている間に考えたのが、どうしてこの人たちはわざわざイタリアまで、まともな仕事にはつけないのに(多分)、それでもここにいるんだろうということです。
理由はいろいろあるのでしょうが、自分の生まれた国にいるよりもイタリアにいたほうが良い、稼げる、生きていけるということだと思います。
これに近いと思うのが、うちの学校のクラスの友人たちです。インド人、ギリシャ人、トルコ人、ルーマニア人とかいろいろいますが、彼らは英語がとてもうまいです。彼らが英語がうまい理由というのが、やはり、自分の国だけでは十分な仕事がないということがあり、若いときから真剣に英語を勉強しているからだと思います。
日本から出ることなく仕事があるということは、当たり前のようで、当たり前ではなく、とても大事なこと(移民しなくていいということはプラス、英語がへたということではマイナス(?))なんだなと身をもって考えさせられました。
2008/03/04
QUESTURA

週末はBocconiのski tripでトリノに行き(上の写真です!)、10年ちょっとぶりのスキーに疲れ果ててミラノに帰りついたところ、今日は朝からペルメッソ(滞在許可書)でquestura(警察署)に行ってきました。
ペルメッソの申請をしたのが9月末ごろで、12月に1回目の呼び出しで写真と指紋をとり、2月に2回目の呼び出しがあり、この時点でもらえるものと思っていたのですが、ここからおかしくなってしまいました。
呼び出しが1時3分(?)とあり、10分ほど遅れて行き1時間ほど待ったところで、「担当者は帰ったよ」と言われてしまいました。「来週来たら』と言われ、手書きで召集状を書き直されてしまいました。
仕方ないので翌週に行き(3回目)40分ほど待ったところ、担当官から「なぜ先週来なかった」と聞かれ、「来たけどあんたが帰ったんだよ!」と答えたところ、「来週また写真を2枚もって来い、終わり、さよなら」と言い、帰り支度を始めてしまいました(トータル5分ぐらい)。
嫌な予感が高まる中、4回目の呼び出しでquesturaに行ったところ予想を上回る展開となってしまいました(T_T)
まず、余裕をもって呼び出しの40分ほど前に行ったところ、待合所が混んでいて座る席がない状況でした。なぜかというと、特に東南アジアまたは中南米系と見受けられる方々はひまなのか関係ない人がいっしょに来ているからです。居心地が悪い空間で、いつ呼ばれるともわからず、しかも10数年ぶりのスキーで疲れきった足で拷問のように立たされることとなりました。
運良く50分ほど(!)待ったところで呼び出されたのですが、ここからまた予想外の展開となりました。いつも同じ担当官なのですが、こいつがいきなり12時に中央の移民局に行けといいだし、召集状の裏に手書きで書き始めたのです。その時点で11時40分を過ぎていて間に合う訳もなく、移民局の場所もわからないまま事務所を追い出されました。
何とか住所を書いてもらえたので、それを頼りに学校の担当者に電話して何とか位置をつかみました。何のためにいくのかわからないままに、スキーで疲れた体に鞭を打ち、とりあえず行ってみたところ、12時10分すぎに着けたのですが、そこには長蛇のしかも見た目がかなり怖い感じの方々(アフリカ系)の列がありました!
仕方なく並んでみると、さすがに常識が通じる相手ではなく、すこしでも隙間があると割り込んでくるので、わたしも怖いながらも前の人にぴったりとくっつきつつ、その列で1時間ほど待つこととなりました。やっと窓口に辿り着き紙を見せると、奥に行けと言われ、行ってみると、またまた大勢の人がペルメッソの申請らしきことをしているような所にたどり着いてしまいました。
これはまたペルメッソを申請しろということかと思い、かなりブルーになり、しかも番号で呼び出しをしているのに番号の発券機が見当たりません。仕方なく、窓口に強引に突入して聞くと横の窓口に行けといわれ、そこの窓口で紙を見せると、今度は裏に来い(!)と窓口の奥に連れていかれ(半ば犯罪者気分)、そこで新たな担当官に会わされました。
彼はさきほどの担当者の手書きの召集状を読むとどこかに行ってしまい、帰ってくると「290」という番号の書いてある札を私に渡しました。そして、さきほどの申請者でごったがえす待合室の方に私を連れて行き、「そこの右のところに行け」(多分)と言うといなくなってしまいました。
案内板には「87」という番号が出ていて、もしかして200人待ちかとかなり暗い気持ちになったのですが、まずは窓口もわからず、関係なさそうな窓口に強引に聞いたところ、1人目にNo!と言われ、なんとか、2人目で横だよと教えてもらい、場所を確認できました。しかし、突入してみたところ、だれもいません。
いったん出てみると、そこにいたおばさんが「288」をいう番号をもっていました。どうも87というのは287ということのようです(わかりずらい!)。すこし気分がよくなり、290となるのを待って入ると、そこには2回目と同じ指紋撮りの機械がありました。結局、私のペルメッソ申請は指紋撮りからやりなおしになったようです。5分ぐらいで指紋撮りが終わったところ、担当者から「終わりだよ」と言われました。次はどうなるのかと聞いたところ、「知らない」とのことでした。
この時点で13時半ぐらいで、学校を出てから3時間以上が経っていました。とりあえず、今日やることが終わったので、気が楽にはなりましたが、無駄な時間を過ごしたという気分しか残りません。ペルメッソ申請はほどほどにして、イタリアから脱出しようかと思った3時間でした。
2008/03/01
VINO 47 PLANETA
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